保健師の「なんとなく気になる」を「気のせい」にしないで

記録を見ながら気づきを話し合う二人の保健師 母子保健ニュース

「問題なし」のはずなのに、なぜか気になる

乳幼児健診や家庭訪問で、

「問診票だけを見れば、特に問題はなさそう。でも、なんとなく気になる」

と感じたことはないでしょうか。

たとえば、問診票では精神科の既往は「なし」。でも、実際に話してみると、どこか受け答えがかみ合わない。

これまで不安を繰り返し訴えていた人が、今回は何も書いていない。

問診票に目立った記載はないけれど、話していると表情が硬い。いつもとは少し様子が違うように感じる。

私自身、母子保健の仕事をするなかで、このような「なんとなく気になる」を何度も経験してきました。

もちろん、これら一つひとつが「支援が必要なサイン」というわけではありません。

表情が硬いから、何か問題がある。
視線が合わないから、支援が必要。

そのように判断することはできません。

では、私たちが感じる「なんとなく気になる」とは、いったい何なのでしょうか。

前回の記事では、問診票の小さな「ん?」をきっかけに、もう少し知るために何を確認するかを考えることについて書きました。

今回は、その「ん?」がどこから生まれるのか。

保健師が「もう少し確認したい」と感じるとき、何を見ているのか。

熟練保健師を対象とした研究と、私自身の経験から考えます。

熟練保健師は、何を見ながら「見極めて」いるのか

乳幼児健診における熟練保健師の判断過程を調べた研究があります。

都筑(2004)は、5府県11市町村に勤務する経験5年以上の保健師17人を対象に、半構造的面接と参与観察を行いました。

その結果、熟練保健師が行う「援助の必要性の見極め」として、

  • 「センシティブな視点で見る」
  • 「思いの根を引き出す」
  • 「問題を明確にする」
  • 「受けとめを予測する」

という4つのカテゴリーが示されました。

興味深いのは、これらが一つずつ順番に行われていたわけではないことです。

母親とのやり取りのなかで、同時に、複合的に、そして繰り返し行われていました。

つまり、一つの情報だけを見て「支援が必要」「必要ではない」と決めるのではなく、目の前の親子を見て、話を聞き、反応を確かめながら、援助の必要性を見極めていたことが示されています。

ただし、この研究は2004年に発表された17人を対象とする質的研究です。

この結果だけで、「ベテラン保健師の判断は正しい」「経験を積めば判断力が高くなる」とは言えません。また、「なんとなく気になる」という感覚そのものを検証した研究でもありません。

それでも、私たちが「なんとなく」と表現している判断のなかには、振り返れば言葉にできる部分があるのではないか。

そう考えるヒントになる研究だと思います。

「なんとなく」の中にあるものを、言葉にしてみる

では、私自身が「気になる」と感じていたとき、何を見ていたのでしょうか。

改めて振り返ってみると、何もないところから突然「勘」が働いていたわけではありませんでした。

たとえば、

「精神科既往なし」という回答と、実際の受け答え。

今回の問診票には不安の訴えがないことと、これまで不安を繰り返し訴えていた経過。

母子健康手帳に記録された出産回数と、現在把握している子どもの人数。

一つひとつを別々に見れば、それだけで何かを判断できる情報ではありません。

でも、複数の情報を重ねたとき、

「あれ、何か合わないな」

と感じることがあります。

私は、こうした情報と情報の間にある「ずれ」も、「なんとなく気になる」の中に含まれていたのではないかと思っています。

もちろん、「ずれ」があることと「問題がある」ことは同じではありません。

こちらがまだ知らない事情があるのかもしれない。単なる記載ミスかもしれない。あるいは、こちらの思い込みかもしれません。

だから、「何かあるはず」と決めつけるのではなく、

「私は、何を見て、何と何が合わないと感じたのだろう」

と、一度立ち止まって考えてみる。

感覚だけで判断を終わらせない。
かといって、「根拠がないから」と切り捨てない。

その中身を少し言葉にしてみることが、次に何を確認するのかを考える手がかりになると思います。

後輩の「なんとなく気になる」を、どう受け止めるか

新人や後輩から、

「この親子、なんとなく気になります」

と言われることがあります。

そんなとき私は、

「その感覚、たぶん当たってるよ。なんだろうね?」

と言って、一緒に振り返ることがありました。

もちろん、その感覚が実際に「当たっている」と保証できるわけではありません。

それでも、「なんとなくでは分からない」と最初から否定するのではなく、後輩が感じた違和感をいったん受け止め、その中身を一緒に探していました。

後輩の言葉を繰り返してみる。

私が気になったポイントについて質問してみる。

これまでの経過を一緒に振り返ってみる。

そうすると、

「そういえば、ここがいつもと違いました」

「問診票にはこう書いてあるけれど、話しているときはこんな様子でした」

と、最初は感覚でしかなかったものが、少しずつ言葉になることがあります。

  • 何を見た?
  • どこで気になった?
  • これまでと何が違った?
  • 何と何が合わないと感じた?

一緒に振り返ることで、後輩だけでなく、指導する側も「自分は何を見て判断しているのか」に気づくことがあります。

経験を積んだ保健師が持っているものを、「経験があるから分かる」で終わらせない。

「なんとなく気になる」という感覚を正解にも間違いにもせず、

自分は何を見て、なぜそう感じたのか。

一度、判断の言葉にしてみる。

それが、自分のアセスメントを振り返り、次の実践につなげる一つの方法になるのではないでしょうか。

参考文献

都筑千景(2004)「援助の必要性を見極める―乳幼児健診で熟練保健師が用いた看護技術」『日本看護科学会誌』24巻2号, 3-12.

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